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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)7186号 判決

原告

高橋佳代子

右訴訟代理人弁護士

高橋典明

被告

財団法人大阪労働衛生センター第一病院

右代表者理事

谷道之

右訴訟代理人弁護士

益田哲生

種村泰一

勝井良光

主文

一  本件訴えのうち、原告の労働条件として退職金及び退職年金の取扱いについて確認を求める部分を却下する。

二  原告が被告の従業員としての地位にあり、原告の労働条件が別紙(一)労働条件一覧表①記載のとおりであることを確認する。

三  被告は、原告に対し、五二一万四三五〇円及びこれに対する平成一○年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年一月から毎月二五日限り各二五万八二二〇円の支払をせよ。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の従業員としての地位にあり、原告の労働条件が別紙(二)労働条件一覧表②記載のとおりであることを確認する。

2  被告は、原告に対し、五六五万七九〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年一月から毎月二五日限り各二五万八三二〇円の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とる。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、「第一病院」を経営する財団法人であり、同病院は、内科、消化器科、心療内科、小児科、外科、脳神経外科、整形外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、眼科、透析科等の診療科目を有し、ベッド数約一八〇床、常勤従業員約一五〇名のほか、パートタイム従業員が存する。

(二) 原告は、昭和四七年二月一日、同病院の心療内科の医局員として雇用され、現在まで同科で患者のカウンセリング等の業務に従事している。

2  原告の労働条件

原告は、採用時から平成六年三月まで約二四年間、心療内科に医局員として勤務してきたが、その労働条件は、

(一) 月・水・金の週三日隔日勤務。

(二) 賃金については、毎年四月、一〇月の二回、勤務形態が週三日と限定されない他の常勤従業員(以下、単に「常勤従業員」という。)と同率の昇給をする。

(三) 賞与は毎年夏(七月)・冬(一二月)の二回、常勤従業員と同率の支給をする。

(四) 年次有給休暇、退職金(退職年金を含む)についても、常勤従業員と同じに取り扱う。

(五) 日本精神分析学会及び日本心理臨床学会各一回ずつの一年に二回、被告の費用負担による学会出張を認める。というものであった。

3  被告による労働条件の一方的変更

被告は、平成五年ころから、原告に対し、少なくとも週四日出勤の常勤従業員となるか、パートタイム従業員への労働条件の切り下げに応じるかどちらかを選択するよう求めるようになったが、原告はこれに応じず、従前どおりの形態での勤務を継続した。

これに対して被告は、原告の平成五年四月、一〇月の昇給を実施せず、同年の夏・冬の賞与をそれぞれ半額しか支給しなかった。

原告の賃金月額は、平成五年四月以降、次のとおりに固定された。

基本給 一八万一八〇〇円

調整手当  二万三六〇〇円

住宅手当    九〇〇〇円

通勤手当  一万二七二〇円

合計 二二万七一二〇円

4  被告による解雇

被告は、平成六年三月三〇日付で原告を解雇したとして、原告の従業員たる地位を否認している。

5  賃金差額及び賞与差額

(一) 平成五年四月以降の賃金は、当初一か月二二万七一二〇円であった(二五日支払特約)が、本来その後の定期昇給(四月)、ベア(一〇月)の実施により増額となるはずであり、被告が原告をパートタイム従業員扱いして支払った賃金額と本来の賃金額との間には、別紙(四)「定期昇給・ベア差額」記載のとおり、合計二三二万三七三三円の差額が存する。

なお、本来の賃金の計算方法であるが、被告においては、基準内給与(基本給と調整手当の合計)に昇給率を乗じたものを新基準内給与とし、それを基本給と調整手当に割り振っている。各期の昇給率については、被告の全従業員の平均昇給率を、各期の基本給と調整手当の割り振りについては、原告の調整手当の各期における増減が、被告の検査科従業員である笠原伸子の各期における調整手当の増減と同様のものとして算定した。別紙(三)「本来の賃金計算表」のとおりである。

(二) 平成六年四月以降、被告が原告をパートタイム従業員扱いして支払った賞与と本来のそれ(常勤従業員と同率による賞与)との間には、別紙(六)「賞与差額」記載のとおり、合計三三三万四一六七円の差額が存する。

なお、本来の賞与の計算方法であるが、被告においては、基本給の1.1倍に職階手当を加えたものに、さらに支給月数を乗じたものが賞与の額となるが、原告には職階手当がないので、別紙(五)「本来の賞与計算表」のとおりとなる。

6  請求

よって、原告は、被告に対し、原告が被告の従業員としての地位にあり、原告の労働条件が別紙(二)労働条件一覧表②記載のとおりであることの確認を求めるとともに、賃金及び賞与の各差額として合計五六五万七九〇〇円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金並びに平成一〇年一月一日以降の賃金として毎月二五日限り二五万八三二〇円の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の各事実は、いずれも認める。

2  同2の事実うち、原告が採用時から被告による解雇まで、心療内科に勤務してきたこと、その勤務形態が、月・水・金の週三日隔日勤務であったことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、もともと常勤従業員ではなく、パートタイム従業員であった。(二)賃金の昇給率、(三)賞与の支給月数については、必ずしも常勤従業員と同じものを適用されてきたわけではない。(四)退職金については、終身雇用の常勤従業員であることを前提とするものであり、原告のようなパートタイム従業員には支給を予定していない。(五)学会出張については、事前に被告に稟議書を提出し、被告が許可して出席していたのであり、原告が被告に対して費用負担を求める権利を有していたものではない。

3  同3の事実のうち、被告が、原告に対し、平成五年四月の昇給を実施しなかったことは否認し、その余の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実のうち、原告の平成五年四月の賃金が二二万七一二〇円(二五日支払)であること、被告が現実に支給した賃金が、別紙(四)「定期昇給・ベア差額」の「パートで支給された額」欄記載のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。被告では、全従業員一律の昇給率が適用されているわけではない。また、調整手当の増減も個々の従業員によって異なる。

(二)  同5(二)の事実のうち、被告が現実に支給した賞与が、別紙(六)「賞与差額」の「実際の支給額」欄記載のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。被告では、全従業員一律の支給月数が適用されているわけではない。

三  抗弁

1  解雇(変更解約告知)

(一) 被告は、原告に対し、平成六年二月二六日付け内容証明郵便により、隔日ではなく常勤従業員として勤務すべきこと、右条件を受諾しない場合には、同月二八日までに退職願を提出すべきことを指示し、原告が同日までに退職願を提出しない場合は、平成六年三月三〇日付けで解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。

(二)(1) 原告の勤務形態は、常勤従業員と異なり、月・水・金の週三日隔日勤務に過ぎず、その意味では、パートタイム従業員と同様に取り扱われてしかるべきであったが、実際には、原告は、他のパートタイム従業員に比して労働条件において相当優遇されており、一人常勤従業員に準じた取扱いを受けていた。

(2) 小竹源也(以下「小竹院長」という。)が第一病院院長に就任した平成三年九月当時、病院の経営は、極めて苦しい状況にあった(営業損益は、平成元年において三六〇〇万円、同二年において九五〇〇万円の各赤字を既に計上していたが、同三年以降もさらに赤字は増大し、同四年三月期には、二億五〇〇〇万円の赤字を計上するに至った。)。

右経営悪化の直接の原因は、入院患者数が激減したことによる減収であったが、それとともに、被告においては、患者数に比して従業員数が多く、人件費の負担が大きいことも右経営悪化の重大な要因であった。

小竹院長は、意識改革、人事の改革、会議組織の改革、患者数の増加・増収対策、経費節約、人件費削減、医事業務の合理化、福利厚生の充実等多方面にわたり種々の改善策を実施して病院経営の建て直しに腐心した。その結果、病院の経営破綻は何とか回避することができた。

(3) 被告は、右のごとき状況下において、他の従業員とのバランスも考慮し、原告一人を特別扱いすることは好ましくないと考え、平成五年ころから、原告に対し、従前どおりの賃金等の処遇の維持を求めるのであれば毎日勤務(もしくは週四日)の常勤に移行すべきこと、あくまで隔日勤務に固執するならば他のパートタイム従業員と同等の処遇を受け容れるべきことを申し入れ、その後も粘り強く説得に努めた。しかるに、原告は、従前どおりの勤務形態及び処遇に固執し、最終的に平成六年二月二五日、被告の申し入れを拒絶する意思を明らかにした。そこで、やむなく被告は、本件解雇に及んだのである。

(三) 以上のとおり、被告による労働条件変更の申し入れには、十分な必要性及び相当性が認められ、かつ、本件解雇は、原告が従前どおりの労働条件に固執したために被告がやむなくなしたものであるから、いわゆる変更解約告知としての要件を備えており、有効なものである。

2  消滅時効(労働基準法一一五条)

(一) 平成五年七月分及び同年一二月分の賞与については、本訴提起の平成八年七月一一日の時点で二年間の短期消滅時効が完成している。

(二) 被告は、平成一〇年六月八日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用するとの意思表示をした。

3  労働条件の変更

仮に、本件解雇が無効であるとしても、被告による労働条件変更には次のとおり、その必要性・程度どちらの点においても合理性があり、有効である。

(一) 週三日の隔日勤務でありながら常勤従業員に近い優遇された条件で原告を雇用し続けることが、被告の他の従業員との均衡上好ましい状態とはいえないことは明らかである(変更の必要性)。

(二) そこで、被告としては、平成五年ころから、原告の労働条件を他の従業員と同等のものに改めるべく、原告と交渉を重ねてきたのであり、変更後の労働条件の内容も、一万五〇〇〇円の日給については、原告と同一の業務に従事したパートタイム従業員と同じであること、変更前の本給額一八万一八〇〇円を一二勤務(週三日の隔日勤務であれば、一か月あたり一二ないし一三勤務になる)で除した金額が概ね一万五〇〇〇円であることを考えると、十分合理的なものである(変更の程度)。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は、認める。

(二)  同1(二)の事実のうち、原告の勤務形態が、月・水・金の週三日隔日勤務であること、原告が常勤従業員に準じた取扱いを受けていたこと、小竹院長が第一病院院長に就任したのが平成三年九月当時であること、被告が平成五年ころから、原告に対し、従前どおりの賃金等の処遇の維持を求めるのであれば毎日勤務(もしくは週四日)の常勤に移行すべきであり、あくまで隔日勤務に固執するならば他のパートタイム従業員と同等の処遇を受け容れるべきことを申し入れたこと、原告が平成六年二月二五日、被告の申し入れを拒絶する意思を明らかにしたこと、それに対して被告が、原告に対し、解雇するとの意思表示をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同1(三)の事実は否認する。

2  抗弁2(一)の事実は明らかに争わない。

3  抗弁3の事実は否認する。

五  再抗弁(解雇権濫用)

原告の勤務形態及び処遇は、いずれも原告と被告との間において長年継続してきた雇用契約に基づくものであり、原告が雇用契約上有する右諸権利を被告の一方的意思表示によって変更することができないことは明らかである。したがって、原告が被告の提示した労働条件に応じないことを理由としてなされた本件解雇は、解雇権の濫用として無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  退職金請求権等の確認の利益

原告は、その労働条件として、退職金及び退職年金が被告の常勤従業員と同じ扱いであること、すなわち、その支給基準の確認を求めるが、これらは、原告が退職してはじめて具体的に発生するもので、在職中はその権利は何ら具体化しておらず、また、その権利の実現に不安があるとしても、具体的権利が発生した時点で給付訴訟を提起すれば足りるのであって、その支給基準をあらかじめ確認しておくべき利益は乏しいから、即時確定の利益を欠くことは明らかである。したがって、本件訴えのうち、退職金等の支給基準の確認を求める部分は不適法である。

二  原告の労働条件

1  請求原因1の各事実は、当事者間に争いがない。

2(一)  同2の事実うち、原告が採用時から被告による本件解雇まで、心療内科に勤務してきたこと、その勤務形態が、月・水・金の週三日隔日勤務であったことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで、賃金の昇給率、賞与の支給月数等については、明示的な合意がされたと認めるに足る証拠はないが、使用者と労働者の間で、労働条件に関する明示的な定めが存在しない場合であっても、労働条件その他労働者の待遇に関する取扱いが反復、継続して行われ、これが当事者間に継続的な行為の準則として意識されるに至った場合には、当事者間に黙示の合意が成立したものとされたり(黙示の意思表示)、または当事者がこの「慣習ニ依ル意思ヲ有スルモノ」(民法九二条)と認められる(事実たる慣習)ことにより、かかる取扱いが労働契約の内容となると解される。そこで、以下、原告が被告に勤務し始めてから被告による労働条件の変更の申入れ、更にその後の解雇にいたるまでの、被告による原告の取扱いがいかなるものであったかを項目ごとに検討する。

(1) 賃金の昇給について

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、平成一〇年まで二〇年近くの間、常勤従業員の賃金につき毎年四月と一〇月の二回の昇給がなされてきたこと、原告自身も、常勤従業員と同様に、毎年四月と一〇月の二回の昇給を受けてきたことが認められる。また、その昇給率も、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、常勤従業員と取扱いにおいて差異はなかったものと認められる。

このように、被告が原告の昇給を止めた平成五年の時点において、原告について常勤従業員と同様の昇給を行うという取扱いが約一五年間反復、継続していたのであるから、原告と被告との間において、毎年四月と一〇月の二回、常勤従業員と同じ条件による昇給をするということは、労働契約の内容になっていたというべきである。

(2) 賞与の支給について

原告本人尋問の結果及び甲第二〇号証によれば、被告において賃金の昇給が年二回になったのと同じ時期から、賞与についても毎年夏(七月)と冬(一二月)の二回の支給がされることになり、原告も、常勤従業員と同様に、七月と一二月の年二回の賞与の支給を受けてきたことが認められる。被告は、賞与の支給月数については必ずしも常勤従業員と同じものを適用されていたわけではない旨主張し、確かに、乙第一四号証及び証人小竹源也の証言によれば、平成元年以降平成四年までの原告の支給月数は、全従業員の平均支給月数より概ね0.1か月低いことが認められるが、両者の差異は小さいものであり、賞与の支給月数である以上、査定による個人差が生じるのはむしろ当然のことであるから、右のような差異があるからといって、原告が常勤従業員と同じ条件(同じ条件下での査定)による賞与の支給を受ける地位にあることの妨げとはならない。

したがって、原告については、常勤従業員と同じ条件で、年二回(七月及び一二月)の賞与を支給することが、労働契約の内容となっていたというべきである。

(3) 年次有給休暇について

年次有給休暇について、原告が常勤従業員と同様に取り扱われてきたという事実については、これを認めるに足りる証拠がない。原告本人尋問の結果によれば、原告と被告との間で年次有給休暇については特に定まった取扱いがあったわけではなく、必要なときに休暇を取るという程度の慣行であったことが認められる。また、甲第一〇号証によれば、被告就業規則四〇条一項に、一休暇年度に対して一二労働日の有給休暇を与える旨の定めがあることが認められるところ、週三日隔日勤務という変則的な勤務形態の原告に、右就業規則を適用するのは不合理である。

(4) 学会出張費について

甲第八号証、第二〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告に医局員として採用され、心理の専門職としての心理臨床能力の維持発展の重要性に鑑み、被告から費用被告負担の年二回(日本精神分析学会及び日本心理臨床学会各一回ずつ)の学会出張を認められていたこと、学会出張をするに際しては、被告の稟議等を通して許可を受けていたこと、被告が原告に労働条件の変更の申入れをし始めた平成五年一〇月、被告が初めて原告の学会出張を不許可としたこと、その不許可までは年二回の範囲では被告の許可が出なかったことは一度もなかったことが認められる。

原告と被告との間の労働契約が心療内科の医局員(心理の専門職)としての労働契約であり、学会出張費負担も医局員であることが前提となっていたことや、年二回の負担については例外なく許可されていたという実態からすると、学会出張費の被告負担は労働契約の内容となっていると認めることができる。

3  同3の事実のうち、被告が、原告に対し、平成五年四月の昇給を実施しなかったこと以外の事実は、当事者間に争いがない。

甲第一〇二号証の一及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、基準内給与(基本給と調整手当の合計)に昇給率を乗じたものを新基準内給与とし、それを基本給と調整手当に割り振って昇給後の具体的な賃金額が決定されていることが認められるところ、甲第一〇二号証の二及び第一〇三号証の二によれば、平成四年一〇月と平成五年四月における基準内給与はともに二〇万五四〇〇円であることが認められる。従って、原告に対しては、平成五年四月の昇給がなされていないことになる。

三  本件解雇

1(一)  請求原因4及び抗弁1(一)の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  抗弁1(二)の各事実のうち、原告の勤務形態が、月・水・金の週三日隔日勤務であったこと、原告が常勤従業員に準じた取扱いを受けていたこと、被告が平成五年ころから、原告に対し、従前どおりの賃金等の処遇の維持を求めるのであれば毎日勤務(もしくは週四日)の常勤に移行すべきこと、あくまで隔日勤務に固執するならば他のパートタイム従業員と同等の処遇を受け容れるべきことを申し入れたこと、原告が平成六年二月二五日、被告の申し入れを拒絶する意思を明らかにしたこと、それに対して被告が、原告に対し、解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  被告は、原告が被告の提示した新たな労働条件を拒絶し、従前どおりの勤務形態及び処遇に固執したため、やむなく本件解雇に至った旨主張し、右は、いわゆる変更解約告知として有効になされたものである旨主張するものである。

(一) ところで、講学上いわゆる変更解約告知といわれるものは、その実質は、新たな労働条件による再雇用の申出を伴った雇用契約解約の意思表示であり、労働条件変更のために行われる解雇であるが、労働条件変更については、就業規則の変更によってされるべきものであり、そのような方式が定着しているといってよい。これとは別に、変更解約告知なるものを認めるとすれば、使用者は新たな労働条件変更の手段を得ることになるが、一方、労働者は、新しい労働条件に応じない限り、解雇を余儀なくされ、厳しい選択を迫られることになるのであって、しかも、再雇用の申出が伴うということで解雇の要件が緩やかに判断されることになれば、解雇という手段に相当性を必要とするとしても、労働者は非常に不利な立場に置かれることになる。してみれば、ドイツ法と異なって明文のない我国においては、労働条件の変更ないし解雇に変更解約告知という独立の類型を設けることは相当でないというべきである。そして、本件解雇の意思表示が使用者の経済的必要性を主とするものである以上、その実質は整理解雇にほかならないのであるから、整理解雇と同様の厳格な要件が必要であると解される。

(二) そこで、以下、検討するに、被告は、本件解雇当時、被告の経営は極めて苦しい状況にあり、人件費の負担の大きいことが経営悪化の重要な要因であり、その中で優遇を受けている原告の扱いを変更する必要が生じた旨主張し、乙第一、第二及び第八号証、証人小竹源也の証言並びに弁論の全趣旨によれば、被告における病院経営は、平成元年、平成二年とその営業損益にいわゆる赤字を計上し、平成三年以降もその赤字は増大し、平成四年三月期には二億五〇〇〇万円の赤字を計上するなど、極めて苦しい状況にあったこと、その経営悪化の直接の原因は入院患者が激減したことにあったが、それとともに、患者数に比して従業員の数が多く、人件費の負担が大きいことも経営悪化の重要な要因であったことを認めることができ、これらの事実は被告の右主張に沿うものである。しかしながら、右各証拠によれば、平成三年九月に、小竹源也が院長に就任し(右就任は当事者間に争いがない。)、種々の改善策を実施して病院の建て直しに腐心したこと、そして、右改善策により、平成四年三月期を底に被告の再建策は軌道に乗り、その経営収支は相当程度改善されていたことを認めることができる。そして、原告本人尋問の結果によれば、本件解雇当時の原告の基本給は月額一八万円台であって、その職種に照らせば、勤務日数が限定されていることを考慮しても、さほど高額とはいえないものであり、原告のように勤務形態が週三日に限定された従業員は臨時雇用の従業員以外になかったことでもあり、被告の経営状態が原告の雇用条件を変更しなければならないような状況にあったとは認められないところである。

また、被告は、原告が常勤従業員に比して優遇を受けているのでこれを是正する必要があった旨主張するが、勤務形態が週三日に限定されている点はこれを優遇されているといっていいかもしれないが、前述のとおり、その賃金が高額であるといったこともないし、他の従業員の原告に対する不満によって被告の業務が阻害されているといった事実も認められないところである。

以上によれば、原告を解雇しなければならないような経営上の必要性は何ら認められないから、それにもかかわらず、労働条件の変更に応じないことのみを理由に原告を解雇することは、合理的な理由を欠くものであり、社会通念上相当なものとしてこれを是認することはできない。したがって、被告による本件解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効である。

四  労働条件変更

被告は、仮に解雇が無効であっても、被告による労働条件変更の申入れは、その内容が合理的なものであるから、右申入れによって当然に労働契約の内容が変更される旨主張する。

しかし、いったん成立した労働契約の内容を、当事者間の合意あるいは就業規則の変更という手段をとることなく、使用者が一方的に変更することができないのは明らかであり、右主張は採用できない。

五  賃金差額及び賞与差額

1  賃金

(一)  平成五年四月の原告の賃金が二二万七一二〇円(二五日支払)であること、被告が現実に支給した賃金が、別紙(四)「定期昇給・ベア差額」の「パートで支給された額」欄(別紙(八)「賃金差額」の「現実の支給額」欄も同じ。)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

原告の労働契約上の権利として、常勤従業員と同様に毎年四月と一〇月の昇給が認められること、被告においては、基準内給与(基本給と調整手当の合計)に昇給率を乗じたものを新基準内給与とし、それを基本給と調整手当に割り振って昇給後の具体的な賃金額が決定されていることは前記認定のとおりである。また、昇給率については、その具体的決定方法は明らかでないものの、前記のとおり、原告と常勤従業員との間に取扱いに差異がなかったのであるから、各期の全従業員の平均昇給率によるのが相当である。

各期の基本給と調整手当の割り振りの基準については証拠上必ずしも明らかでないが、甲第一〇六号証ないし第一一五号証によれば、被告の従業員である笠原伸子の平成五年一〇月以降の各期における調整手当の増減が、平成六年一〇月(同年四月に比べて一七〇〇円増)及び平成七年四月(平成六年一〇月に比べて二三〇〇円減)の二期を除いて、別紙(三)「本来の賃金計算表」のそれと一致していることが認められる。被告における割り振りの基準が明らかでない以上、原告についても、笠原伸子の増減を参考にして増減を計算せざるを得ないが、笠原伸子の調整手当の増減幅が他の期に比べて著しく大きい平成六年一〇月(一七〇〇円増)と平成七年四月(二三〇〇円減)の二期については、平成六年一〇月は増減無し、平成七年四月は六〇〇円減として計算する原告の主張が不合理であるとはいえない。

甲第一〇二号証の二、第一〇三号証の一及び二、第一〇四号証の一及び二、第七九号証、第八一号証、第八三号証、第八七号証、第八九号証、第九三号証、第九六号証並びに第九八号証により認められる各期の全従業員の平均昇給率によれば、原告が本来支払われるべき賃金は、別紙(七)「賃金計算表」欄記載のとおりである。なお、原告は、別紙(三)「本来の賃金計算表」において、平成七年四月時点での本来の基本給は、一九万八〇〇〇円と主張するが、平成七年四月における新基準内給与二二万一一〇〇円から調整手当二万三二〇〇円を引くと、別紙(七)「賃金計算表」に記載のとおり、一九万七九〇〇円となるから、平成七年四月以降の本来の賃金及びその額をもとに計算される本来の賞与額等は、この数字をもとに算定することとする。

前述のとおり、平成六年四月から平成九年一二月までに、被告から原告に現実に支給された賃金が、別紙(四)「定期昇給・ベア差額」の「パートで支給された額」欄(別紙(八)「賃金差額」の「現実の支給額」欄も同じ。)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

よって、被告が支払義務を負う平成六年四月から平成九年一二月までの賃金差額の合計は、別紙(八)「賃金差額」記載のとおり、二三二万二四三三円である。

2  賞与

(一)  原告の労働契約上の権利として、常勤従業員と同じく年二回の賞与の支給が認められることは前述のとおりである。そして、甲第八二号証、第八五号証、第八八号証、第九一号証、第九二号証、第九四号証、第九五号証、第九七号証、第一〇〇号証、第一〇一号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の賞与の支給額の算式が、「基本給×1.1×支給月数」であることが認められる。また、支給月数については、その具体的な決定方法及び基準は明らかでないものの、乙第一四号証によれば、原告は平成元年以降、全従業員の平均支給月数とほぼ同率の支給を受けてきたことが認められることに照らし、全従業員の平均支給月数によるのが相当である。

被告が原告に現実に支給した賞与が、別紙(六)「賞与差額」の「実際の支給額」欄(別紙(一〇)「賞与差額」の「現実の支給額」欄も同じ。)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

乙第一四号証、甲第八〇号証、第八二号証、第八五号証、第八八号証、第九一号証、第九四号証、第九七号証及び第一〇〇号証によれば、被告における常勤従業員の各期の賞与の平均支給月数が別紙(五)「本来の賞与計算表」の「支給率・月数」欄(別紙(九)「賞与計算表」の「支給月数」欄も同じ。)記載のとおりであることが認められる。そして、本来支払われるべき基本給は前記認定のとおり、別紙(七)「賃金計算表」記載のとおりであるから、前記算式により求められる本来支払われるべき賞与の額は、別紙(九)「賞与計算表」記載のとおりである。

よって、被告が支払義務を負う平成五年七月から平成九年一二月までの賞与差額の合計は、別紙(一〇)「賞与差額」記載のとおり、三三三万二七九七円である。

(二)  被告は、原告の求める平成五年七月及び同年一二月の賞与との差額については、これを支払うべき各月から既に二年を経過したので、時効消滅した旨主張するところ、右期間を経過したことは明らかであり、被告が右時効を援用したことは当裁判所に顕著である。したがって、原告の請求のうち、右差額の支払を求める部分は、時効により請求権が消滅した。

六  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、その退職金及び退職年金の支給基準の確認を求める部分は不適法であるので却下し、その余の訴え部分について、原告が被告の従業員としての地位にあり、原告の労働条件が別紙(一)労働条件一覧表①記載のとおりであることの確認、五二一万四三五〇円及びこれに対する平成一〇年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払並びに平成一〇年一月から毎月二五日限り各二五万八二二〇円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条ただし書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本哲泓 裁判官谷口安史 裁判官和田健)

別紙(一) 労働条件一覧表①

勤務日 月・水・金曜日の週三日隔日勤務

昇給 毎年四月・一〇月の二回、常勤従業員と同じ条件による

賞与 毎年夏(七月)・冬(一二月)の二回、常勤従業員と同じ条件による

学会出張 年一回、被告の費用負担による参加を認める

別紙(二) 労働条件一覧表②

勤務日 月・水・金曜日の週三日隔日勤務

昇給 毎年四月・一〇月の二回、常勤従業員と同率の昇給

賞与 毎年夏(七月)・冬(一二月)の二回、常勤従業員と同じ支給月数による

年次有給休暇

退職金・退職年金 常勤従業員と同じ取扱い

学会出張 年一回、被告の費用負担による参加を認める

別紙(三)〜(一〇) 〈省略〉

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